【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル<h1>【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル</h1>
NN広場
農業農村工学のための総合サイト
NNテックブログ
農業農村工学向け解説記事
NN広場 農業農村工学のための総合サイト NNテックブログ 農業農村工学向け解説記事
【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル
水文・水質・気象
モデル
水文学
流出解析

1.はじめに

今回の記事ではタンクモデルを紹介したいと思います.

タンクモデルは,長期流出解析でよく用いられるモデルです. タンクモデルの概念は単純でありながら,実際の流出量を精度よく推定できるため多くの研究などで使われています. また,計算方法もわかりやすいため学生や若手技術者の勉強にはもってこいだと思います.

本記事では,タンクモデルに親しめるよう,計算は全て手計算でできるようになっています. なので,「大学の講義でタンクモデルのこと習ったけどよくわからん」という方もご安心ください!

流出解析や流出モデルについてさっぱりわからないという方は【流出解析】シリーズ 第1回や第2回の冒頭をご覧ください.

【流出解析】シリーズ 一覧

【流出解析】シリーズ 第1回 流域界の決定と入力データの用意 【流出解析】シリーズ 第2回 貯留関数法【前編】 【流出解析】シリーズ 第3回 貯留関数法【後編】 【流出解析】シリーズ 第4回 流域実蒸発散量の推定―蒸発散比法― 【流出解析】シリーズ 第5回 実蒸発散量の推定―補完法― 【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル 【流出解析】シリーズ 第7回 積雪・融雪モデル ―降雪量・融雪量の推定― 【流出解析】シリーズ 第8回 タンクモデルの最適化 【流出解析】シリーズ 第9回 単位図法 【流出解析】シリーズ 第10回 流出量・流出高・比流量の違い 【流出解析】シリーズ 第11回 表面流モデル【定常降雨:前編】 【流出解析】シリーズ 第12回 表面流モデル【定常降雨:後編】

2.タンクモデルの概要

タンクモデル.png

引用・参考文献(4)より

タンクモデルは上図に示すように,貯水タンクを直列に繋げた構造を流域に見立てたモデルです. (記号a1〜a5,Z1〜Z4,b1〜b3,g1〜g3,S1〜S4,Q1〜Q5については後ほど説明するので今は無視しておいてください.)

上の方のタンクは地表面近くの水の流れを表し,下の方に行くほどより地下深くの水の流れを表現しています. 各タンクの水深は地中の水の貯留量を表し,雨が降れば水深は増加し蒸発散,流出,浸透などがあれば水深は減少します.

タンクの側面についた流出口が河川への流出を表し,タンクの底の流出口はより深い地下への下方浸透を表しています. また,各タンクからの流出量・浸透量はタンク内の水深に比例します.

一般的には上図の4段タンクモデルが有名でよく使われているようです.

ちなみに,タンクモデルは菅原正巳さんという方が開発しました. タンクモデルは長期流出解析にも短期流出解析にも適用できるため,世界中で使われているそうです. 日本人も結構すごいですね!

菅原さんの過去の経歴とか小話はなかなか面白かったです.気になった人は以下の資料をどうぞ.

タンクモデルとともに ―A氏にあてた手紙より― 面積雨量の求め方についての数学的考察 菅原正巳:水文学講座7 流出解析法,共立出版株式会社,1972.

3.タンクモデルの計算方法

タンクモデルは他の流出モデルと同様に,流出量を求めるために使うのが一般的です. なので,本記事では日単位の流出量を求めてみたいと思います.

まず,タンクモデルの各記号の意味は以下の通りです.

記号 名称 単位
a1〜a5 流出孔係数 1/d
Z1〜Z4 流出孔高さ mm
b1〜b3 浸透孔係数 1/d
g1〜g3 浸透量 mm/d
S1〜S4 水深 mm
Q1〜Q5 流出量 mm/d

流出孔係数aおよび浸透孔係数bはそれぞれタンクからの流出量,浸透量の多さを決めるもので,孔が大きいほど(a,bの値が大きいほど)流出量・浸透量は多くなります. また,a,bは0〜1の間の値を取ります(貯留量以上の排水や逆流はないという意味).

Zは流出孔の高さを表しており,水深が流出孔の高さよりも低い位置にあれば流出は0になります.

それでは,実際の計算手順について説明します. (引用・参考文献(4)の説明をかなり参考にさせていただきました.ありがとうございます.)

計算開始日を1日目とします.

\( i \)日目の,降水量を\( P(i) \),蒸発散量を\( E(i) \),流出量を\( Q(i) \),前日のタンクの水深に降水量を足して,蒸発散量を引いた水深を\( S_{1}(i) \)〜\( S_{4}(i) \),浸透量を\( g_{1}(i) \)〜\( g_{3}(i) \),流出孔からの流出量を\( Q_{1}(i) \)〜\( Q_{5}(i) \)とします. 前日(\( i-1 \)日目)の各タンクの水深を\( S_{1}^{'}(i-1) \)〜\( S_{4}^{'}(i-1) \)と表します.

はじめに,\( i \)日目の1段目(一番上)のタンクに降水量を足し,タンクから蒸発散量を引いて水深\( S_{1}(i) \)を求めます.

\[ S_{1}(i)=\begin{cases} S_{1} ^{'}(i-1)+P(i)-E(i) & \left(S_{1} ^{'}(i-1)+P(i) \geqq E (i) \right) \\ 0 & \left(S_{1} ^{'}(i-1)+P(i) < E (i) \right) \end{cases}\\ \]

この水深\( S_{1}(i) \)に比例した量の水が流出孔および浸透孔から流れ出ると考えます. ただし,先述の通り水深が流出孔の高さよりも低い位置にあれば流出は0になります.

\[ \begin{align} Q _{1} (i) &=\begin{cases} a_{1} \times (S_{1}(i)-Z _{1}) & \left(S_{1}(i) > Z _{1} \right)\\ 0 & \left(S_{1}(i) \leqq Z _{1} \right) \end{cases}\\ Q _{2} (i)&=\begin{cases} a_{2} \times (S_{1}(i)-Z _{2}) & \left(S_{1}(i) > Z _{2} \right)\\ 0 & \left(S_{1}(i) \leqq Z _{2} \right) \end{cases}\\ g _{1}(i)&=b _{1} \times S _{1} (i) & \\ \end{align} \]

そして,i日目の1段目のタンクの最終的な水深\( S_{1}^{'}(i) \)は水深\( S_{1}(i) \)から\( Q_{1}(i) \),\( Q_{2}(i) \),\( g_{1}(i) \)を引いた値になります.

\[ S _{1} ^{'} (i)=S_{1}(i)-Q _{1} (i)-Q _{2} (i)-g _{1}(i) \]

2段目のタンクの水深\( S_{2}(i) \)は,前日の水深\( S_{2}^{'}(i-1) \)に雨の代わりに1段目からの浸透量\( g_{1}(i) \)を足します. なお,前日(\(i-1\)日目)の1段目のタンクの水深\( S_{1}^{'}(i-1) \)と降水量\( P(i) \)の合計よりも蒸発散量\( E(i) \)が大きい場合は不足分を2段目のタンクから引きます.

\[ S_{2}(i)=\begin{cases}S_{2} ^{'}(i-1)+g _{1}(i) & \left(S_{1} ^{'}(i-1)+P(i) \geqq E (i) \right) \\ S_{2} ^{'}(i-1)+g _{1}(i)-\left\{ E(i)- S_{1} ^{'}(i-1)-P(i) \right\} & \left(S_{1} ^{'}(i-1)+P(i) < E (i) \right) \end{cases} \]

この水深\( S_{2}(i) \)から流出量\( Q_{3}(i) \),\( g_{2}(i) \)を引き,\( S_{2}^{'}(i) \)を求めます. 以下,同様にして4段目まで計算する. そして,流出量\( Q(i) \)を\( Q_{1}(i) \)〜\( Q_{5}(i) \)の合計として求めます.

\[ Q(i)= \sum ^{5}_{k=1} Q _{k}(i) \]

4.タンクモデルで流出量を計算してみる

それではタンクモデルを使って実際に流出量を求めてみましょう. なお,今回は計算を単純化したかったので,有効数字とかは特に考慮していません.

4.1.使用データ

日付 降水量 蒸発散量
mm/d mm/d
1 0 3
2 10 0
3 0 3
4 2 0
5 1 0
6 50 0
7 0 3
8 6 0
9 0 3
10 30 0

降水日の蒸発散量は0 (mm/d),無降水日の蒸発散量は3 (mm/d)としました.

また,16個の記号(a1〜a5,Z1〜Z4,b1〜b3,S1〜S4)の値は以下の通りとしました.

変数名 値(1/d) 変数名 値(mm) 変数名 値(1/d) 変数名 値(mm)
a1 0.2 Z1 30 b1 0.2 S1 10
a2 0.2 Z2 15 b2 0.05 S2 20
a3 0.05 Z3 10 b3 0.01 S3 50
a4 0.01 Z4 10 S4 200
a5 0.001

4.2.計算結果

※パソコン環境や電卓の精度の違いで多少値は変わるかもしれません.

日付 S1(i) S2(i) S3(i) S4(i) Q1(i) Q2(i) Q3(i) Q4(i) Q1(i)
(mm) (mm) (mm) (mm) (mm/d) (mm/d) (mm/d) (mm/d) (mm/d)
1 7.00 21.40 51.07 200.51 0.00 0.00 0.57 0.41 0.20
2 15.60 23.45 51.16 200.82 0.00 0.12 0.67 0.41 0.20
3 12.36 24.63 51.21 201.13 0.00 0.00 0.73 0.41 0.20
4 11.89 25.78 51.25 201.44 0.00 0.00 0.79 0.41 0.20
5 10.51 26.59 51.28 201.76 0.00 0.00 0.83 0.41 0.20
6 58.41 36.94 51.79 202.07 5.68 8.68 1.35 0.42 0.20
7 32.36 32.89 51.57 202.39 0.47 3.47 1.14 0.42 0.20
8 27.95 33.36 51.57 202.70 0.00 2.59 1.17 0.42 0.20
9 19.77 33.05 51.54 203.01 0.00 0.95 1.15 0.42 0.20
10 44.86 39.42 51.85 203.33 2.97 5.97 1.47 0.42 0.20
日付 g1(i) g2(i) g3(i) S’1(i) S’2(i) S’3(i) S’4(i) Q(i)
(mm/d) (mm/d) (mm/d) (mm) (mm) (mm) (mm) (mm/d)
1 1.40 1.07 0.51 5.60 20.33 49.99 200.31 1.18
2 3.12 1.17 0.51 12.36 22.16 49.98 200.62 1.40
3 2.47 1.23 0.51 9.89 23.40 49.97 200.93 1.34
4 2.38 1.29 0.51 9.51 24.49 49.95 201.24 1.40
5 2.10 1.33 0.51 8.41 25.26 49.94 201.55 1.44
6 11.68 1.85 0.52 32.36 26.41 49.92 201.87 16.33
7 6.47 1.64 0.52 21.95 27.77 49.91 202.18 5.71
8 5.59 1.67 0.52 19.77 29.10 49.89 202.50 4.38
9 3.95 1.65 0.52 14.86 30.45 49.88 202.81 2.72
10 8.97 1.97 0.52 26.94 31.48 49.86 203.12 11.04

5.タンクモデルの実用的な使い方と扱いの難しさ

タンクモデルの計算手順のイメージは掴めましたか?

ここまでの話を簡単にまとめると下図のようになります. モデリング.png

入力データ(降水量と蒸発散量)を用意して,タンクモデルを使うことで流出量を計算できましたね. タンクモデルで流出量を計算するためには16個の記号(a1〜a5,Z1〜Z4,b1〜b3,S1〜S4)の値がわかっている必要があります. これら16個の未知定数のことを専門的には「パラメータ」と呼びます.

パラメータは流出孔係数a,流出口高さZ,浸透孔係数bのように流域の特性を表すものもあれば,水深Zのように初期条件を表すものもあります. 今回は初めからパラメータの値を用意していましたが,実際にはこれら16個の値が最初からわかっているケースはほぼないです.

とはいえ,パラメータの値がわからないと計算できないので,一般に「最適化」という手法が使われます. 最適化の考え方の概略は下図の通りです. 最適化.png

1.はじめにパラメータの値を適当に設定します. 2.流出量を計算します. 3.実測の流出量とタンクモデルの計算で得られた流出量を比較します. 4.誤差が大きければパラメータを修正します. 5.修正したパラメータで流出量を再計算します. 6.実測の流出量とタンクモデルの計算で得られた流出量を比較します.

4〜6の作業を繰り返し,流出量の実測値と計算値が概ね一致したら計算を終了します. パラメータが確定すれば降水量と蒸発散量から流出量を求められるので,ぐっと実用的になりますね.

最適化の手法にはPowellの共役勾配法などが使われます.最近は大域的最適化あるいは大域探索と呼ばれる手法も使われるようになってきました.

最適なパラメータを決定するためには,ある程度長い期間のデータが必要です. 加えて,パラメータが16個もあるため計算が収束しないこともあり,この「パラメータの多さ」がタンクモデルの最大の難所です. しかし,近年はコンピュータの発展が目覚ましいため,その問題は解決に向かいつつあるようです.

長々と最適化の話をしてきましたが,今回はあくまで入門用の記事ですので最適化の話は十分に理解できなくても大丈夫です. (パラメータの最適化や計算用プログラムなどの小難しい話は,第8回の記事(2021年冬頃公開予定)で詳しくお話したいと思います.)

6.小話 〜流出モデル開発の歴史〜

その昔,流出モデル開発の黎明期には「流出過程は物理現象であり,物理則に則った数式で表現できるはずだ!」という考え方がありました. (ちなみに,このようなモデルは物理モデルと呼ばれます.) つまり,パラーメータに必ず何らかの物理的意味合いを見出そうとしていました. しかし,当時は実測流量とモデルによる計算流量がうまく合わないという壁に突き当たっていました.

そんなとき,登場したのがタンクモデルです. タンクモデルは物理モデルとは全く逆の発想,つまり物理的意味合いを敢えて捨てて実測流量と計算流量が合えばよいという考え方で作られたモデルです. 当時の潮流からすれば異端のような考え方でしたが,実際タンクモデルで求めた流量が実測値とよく合うというのは紛れもない事実でした.

タンクモデルは確かに素晴らしいモデルです. しかし,勘違いしてほしくないのは物理モデルが決して劣っているわけではないということです. その後コンピュータの急速な発展もあって,物理モデル(表面流モデルなど)や概念モデル(タンクモデルなど)について数多くの研究がなされ,互いに切磋琢磨し進歩してきました.

こうしたモデルの発展に伴いタンクモデルのパラメータの物理的意味合いを解明しようという動きが出てきました. 例えば,タンクモデルの浸透孔係数と土壌の透水性との関係を明らかにしようとしたりすることです. しかし,これはタンクモデルの開発過程から考えれば間違いであるという見方があります. タンクモデルは元々,流出過程を物理的に捉えようとしてもうまくいかなかったときに敢えて物理性を捨てたのに,それに再び物理性を持たせようとしているからです.

流出モデルは,物理モデル,概念モデル,(ここでは紹介していませんが)経験モデルに大別され,それぞれ一長一短です. これらのモデルの違いを見るときに,モデルのわかりやすさや手に入るデータで使えるかどうかばかりに目が行きがちかもしれませんが,こういう歴史的な流れから流出モデルを見てみるのも面白いかもしれませんよ.

7.おわりに

最後までお付き合いいただき,ありがとうございました.

今回は学生や若手技術者向けにタンクモデルを使って手計算で流出量を求めてみました.

まとめ ・タンクモデルは流域を直列タンクに見立てたモデルである. ・タンクから出ていく水の量はタンクの水深に比例する. ・計算は上のタンクから下のタンクに向かって進める. ・一番有名な4段タンクモデルならパラメータは16個. ・実際は最適化してパラメータを求める必要がある.

実際にタンクモデルで流出量を求める場合は最適化についても考慮しなくてはいけません. さらに流域内で降雪がある場合は積雪.融雪を考慮したモデルにしなくてはなりません. ですが,込み入った話になるので積雪・融雪については【流出解析】シリーズ第7回の記事で,最適化については【流出解析】シリーズ第8回の記事で紹介したいと思います.

それでは,また次回の記事でお会いしましょう.

【流出解析】シリーズ 一覧

【流出解析】シリーズ 第1回 流域界の決定と入力データの用意 【流出解析】シリーズ 第2回 貯留関数法【前編】 【流出解析】シリーズ 第3回 貯留関数法【後編】 【流出解析】シリーズ 第4回 流域実蒸発散量の推定―蒸発散比法― 【流出解析】シリーズ 第5回 実蒸発散量の推定―補完法― 【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル 【流出解析】シリーズ 第7回 積雪・融雪モデル ―降雪量・融雪量の推定― 【流出解析】シリーズ 第8回 タンクモデルの最適化 【流出解析】シリーズ 第9回 単位図法 【流出解析】シリーズ 第10回 流出量・流出高・比流量の違い 【流出解析】シリーズ 第11回 表面流モデル【定常降雨:前編】 【流出解析】シリーズ 第12回 表面流モデル【定常降雨:後編】

今後も農業農村工学(水文学,かんがい排水,土壌物理,水理学)を中心に記事を執筆していきたいと思います. リクエスト等も受け付けておりますので,ご遠慮なく連絡ください. Twitterアカウント:エビぐんかん@6LxAi9GCOmRigUI メール:nnCreatorCircle@gmail.com

検索用Key Words: タンクモデル,菅原正巳,流出解析,長短期両用モデル,最適化,モデル,パラメータ,短期流出解析,長期流出解析,水文学,水循環

引用・参考文献

(1) 菅原正巳:水文学講座7 流出解析法,共立出版株式会社,p.99-105,1972. (2) 菅原正巳:水文学講座 別巻 続・流出解析法,共立出版株式会社,1979. (3) 菅原正巳,1965.長良川流域の水収支について.水利科学.44,26-40. (4) 丸山利輔,石川重雄,大槻恭一,高瀬恵次,永井明博,田中丸治哉,駒村正治,赤江剛夫,堀野治彦,三野徹,武田育郎,金木亮一,渡辺紹裕:地域環境水文学,朝倉書店,2014,pp.67-70,77. (5) 菅原正巳,1985.タンク・モデル ―河川の流量を雨量から算出する一つのモデルについて―.地学雑誌.94-4,209-221.