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【流出解析】シリーズ 第1回 流域界の決定と入力データの用意
水文・水質・気象
VBA
水文学
流出解析

1.はじめに

まずは,この『流出解析』というあまり聞き馴染みのない言葉についてですが,平たく言えば河川のある地点の流量を予測することです.また,その予測のためのモデルは『流出モデル』と呼ばれます.

「川の流量なんか予測して意味あるのか?」と思う方もいるかもしれませんが,実は河川流量の予測は私たちの生活になくてはならない存在なのです. 例えば,大雨が降ると河川流量が増加しますが,この量を正しく予測・推定することがダムや堤防の設計を適切に行うために欠かせません.もし,流量予測がうまくいってなければ,災害に繋がり人命や社会インフラに深刻なダメージを与えてしまうからです.

河川は災害の危険を持つ存在ですが,同時に社会に恩恵をもたらす存在でもあります.例えば,野菜やお米を作るためには灌漑(かんがい)によって農地に水を供給する必要があります.お風呂や飲用水,炊事洗濯などなどの生活面での利用はもちろん,工業用水としても河川水は重要な存在です.しかし,川の水も無限ではないですから,例えば1年間でどれだけの河川水を利用できるか(河川流量がどれくらいか)を知ることは大切なことです.

治水・利水管理を適切に行うために,流出解析は重要ということです!

農林水産省:農業用水の歴史と水利権

利水.jpg

水文学を学ぶ学生・若手技術者にむけて

水文学を学んだ学生や若手技術者の方は,講義で流出解析の話が多かった記憶はないでしょうか? 実際,大学の水文学の講義における流出解析のウェイトはかなり重いものだと思います. 流出解析についてのみ書かれた本もあるくらいです.

にもかかわらず,流出解析に関してネットで調べても小難しい論文しか出てこないのが現状です. 教科書の内容もエッセンスしか書かれていなかったりで,モデルの名前は知っているけど計算方法は意味不明という方も少なくないと思います.

そこで,【流出解析】シリーズでは,流量を予測する地点の選定から,データの用意,モデルの構築,モデルの評価,将来予測に至るまでの過程を順を追って丁寧に説明していきたいと思います. できるだけ,正確な内容・解説に努めたいと思いますが,著者は水文学の専門家とかではないので,間違い等に気づいた方はご指摘いただけますと幸いです.

本シリーズが学生や若手技術者の自主学習の助けになれば幸いです.

【流出解析】シリーズ 一覧

【流出解析】シリーズ 第1回 流域界の決定と入力データの用意 【流出解析】シリーズ 第2回 貯留関数法【前編】 【流出解析】シリーズ 第3回 貯留関数法【後編】 【流出解析】シリーズ 第4回 流域実蒸発散量の推定―蒸発散比法― 【流出解析】シリーズ 第5回 実蒸発散量の推定―補完法― 【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル 【流出解析】シリーズ 第7回 積雪・融雪モデル ―降雪量・融雪量の推定― 【流出解析】シリーズ 第8回 タンクモデルの最適化 【流出解析】シリーズ 第9回 単位図法 【流出解析】シリーズ 第10回 流出量・流出高・比流量の違い 【流出解析】シリーズ 第11回 表面流モデル【定常降雨:前編】 【流出解析】シリーズ 第12回 表面流モデル【定常降雨:後編】

2.流出解析について

流域.jpeg

内閣官房水循環政策本部事務局:水循環とは!?

ところで,河川流量を推定する(厳密には,雨量を河川流量に変換する)ことが,なぜ「流出解析」と呼ばれるのでしょうか?

参考にした書籍によると, 「雨水が地表や地中を流れて河川へ流出し,河川流量を増大させる過程を降雨流出過程あるいは単に流出過程という.」

丸山利輔,石川重雄,大槻恭一,高瀬恵次,永井明博,田中丸治哉,駒村正治,赤江剛夫,堀野治彦,三野徹,武田育郎,金木亮一,渡辺紹裕:地域環境水文学,朝倉書店,2014,pp.52-58

つまり,流域(地表面)から雨が出て行ってしまうから”流出”と呼ぶようですね.

降水量から流出量を求める操作は流出解析と呼ばれ,大きく分けて短期流出解析(洪水流出解析)と長期流出解析があります. 流出解析の数理モデルが流出モデルになります. そのため,流出モデルも短期と長期のものがあります.

大雨が降ったときの河川流量の増減は数日から数週間程度という短い期間で起こるので,”短期流出” 農業用水や生活用水,工業用水として水利用を考える場合,通常1年などの長期間での利用可能量を考えるので,”長期流出” という感じで使い分けられています.

ちなみに変わり種として,長短期流出解析と呼ばれる複合型も存在します.

3.流出モデルの種類

流出モデルはいくつかありますが,代表的なものは以下になるかと思います. 細かい説明については,それぞれの流出モデルについての記事で紹介したいと思います.

・単位図法 ・貯留関数法 ・表面流モデル ・雨水保留量曲線法 ・タンクモデル ・TOPモデル ・SWAT

4.流域の選定

いきなりですが,今回のシリーズで解析対象とする流域は長野県の千曲川の上流部とします! 厳密には,千曲川にある(流量計が設置されている)生田観測所の流域(以下,生田流域)とします. 著者に縁のある土地だからというだけの理由で決定しました.

生田観測所流域1.jpg

生田観測所流域2.jpg 黄色の線で囲まれた地域が生田流域,青色の線が千曲川です. 流域界(黄色の線)は,Google Earth ProのDEM(数値標高モデル)を参考にポリゴン機能で作成しました.

5.Google Earth Pro ポリゴン機能の使い方

はじめに,Google Earth Proをダウンロードしましょう.

なお,Google Earth Proは無料です.

ちなみに,3Dマウスがあると流域界を書くときに便利なのでおすすめです(値段高め).

3D connexion:3Dマウス

1.Google Earth Proをインストール後,ソフトを起動します. GoogleEarth.png

2.ソフトが起動したら,赤色で示し「ポリゴン」ボタンをクリックします.

GoogleEarth_ポリゴン使い方.png

3.「スタイル,色」タブの範囲を「枠線」にします. 4.画面上を適当にクリックすれば,ポリゴンを作成できます. 5.「OK」ボタンを押すと,画面左の「場所」ウィンドウにポリゴンデータが格納されます. 6.画面左の「場所」ウィンドウにポリゴンデータを右クリックし,「名前を付けて保存」をクリックしてkmzファイルとして保存する. 7.なお,ポリゴンを編集したい場合は,画面左の「場所」ウィンドウで編集したいポリゴンを右クリックし,プロパティを押せば編集を再開できます.

※Google Earth Proはパソコンのメモリを大量に喰います.ソフトが落ちることも珍しくないので,頻繁にkmzファイルを上書き保存しましょう.

Google Earth Pro上でカーソルを任意の地点に合わせると画面右下に標高が表示されます. 流域界を書く場合は,この標高を参考にしつつ,尾根を辿って流域を決定していきます. 根気のいる作業ですが,地道に頑張っていきましょう.

6.ArcGISによる標高地図および土地利用図の作成

Esri社のArcGISを使って以下の2つのデータを地図上で表現すると標高地図と土地利用図を作ることができます.

・基盤地図情報ダウンロードサービスのDEM(数値標高モデル) ・国土数値情報ダウンロードサービスの土地利用メッシュ

地図の詳細な作成方法やArcGISの使い方については別の記事で紹介したいと思います. IkutaStationWatershed_DEM.jpg

IkutaStationWatershed_landuse.jpg

7.生田流域について

著者が作成した流域界の面積(流域面積)は2,031平方キロメートルでした. 国土交通省の水文水質データベースによれば,流域面積は2036.40平方キロメートルだそうなので,概ね妥当な結果ですね. 諸元.png

実をいうと,わざわざマニュアルで流域界を作成しなくても,ESRI社のarcGISを使えばDEMデータから簡単に流域界を決定できます. 「なぜ,DEMを使って機械的に流域界を決定しないの?」と思った人がいるかもしれませんが,低平地や山地付近,建物がある場所などはDEMの値が特異的になり正しい流域界が得られない場合があるため,実際の流域界と異なる流域界が出力されることがあるからです. 日本の場合,山地が卓越しているので,DEMで機械的に決定した流域界でもうまくいく場合がありますが,国によってはうまくいかないケースもあると思います.

なお,水文水質データベースに記載されている流域面積との差についてですが,生田流域では低平地において別の流域に跨る(川の末端が生田観測所の上流と下流に分岐している)水路があるため,その水路の流域の取り扱いなどが流域面積の差として現れたのだと思います.

8.気象データと流量データの用意

8.1.気象データのダウンロード

詳細については次回以降の記事で説明しますが,流出モデルを組む場合,入力データとして降水量は必須ですが気温とかの気象データも欲しいところです. そこで,生田流域内とその周辺の地域気象観測所(アメダス)のデータがどれくらい手に入るかを整理しました.

アメダス_観測期間.png

※気象庁の資料「地域気象観測所一覧」によると,軽井沢は厳密には2地点に分かれているようなので,グラフでは軽井沢の棒グラフが2つ存在しています(気象データのダウンロードページでは1地点扱い).

気象庁:地域気象観測所一覧

だいたい1980年ごろから,観測地点数が充実してきたみたいですね. なんとか40年分くらい手に入りそうで安心しました.

というか,軽井沢すげー笑 まあ,昔のデータは信頼性は高くないでしょうけど,戦前から気象観測していたことがすごいですね.

8.2.気象データの異常値の処理

気象観測は基本的にきちんと行われていますが、欠測やデータの異常は避けられません. エクセルでの処理の都合上,データの値欄に以下の記号が見られた場合には,表の最右列の通りに処理しました.

記号 気象庁の説明 処理
-- 該当現象、または該当現象による量等がない場合に表示します。 空白
0 該当現象による量はあるが、1に足りない場合に表示します。 0
0.0 該当現象による量はあるが、0.1に足りない場合に表示します。ただし、降水量の場合は、0.5mmに足りない場合に0.0と表示します。 0
0+ 雲はあるが、雲量が1に満たない場合です。 0
10- 雲量が10でも、雲がない部分がある場合です。 10
) 統計を行う対象資料が許容範囲で欠けていますが、上位の統計を用いる際は一部の例外を除いて正常値(資料が欠けていない)と同等に扱います(準正常値)。 必要な資料数は、要素または現象、統計方法により若干異なりますが、全体数の80%を基準とします。 正常値と同等に扱う
] 統計を行う対象資料が許容範囲を超えて欠けています(資料不足値)。 値そのものを信用することはできず、通常は上位の統計に用いませんが、極値、合計、度数等の統計ではその値以上(以下)であることが確実である、といった性質を利用して統計に利用できる場合があります。 空白
× 欠測の場合、または欠測のために合計値や平均値等が求められない場合に表示します。 空白
/// 欠測または観測を行っていない場合、欠測または観測を行っていないために合計値や平均値等が求められない場合に表示します。 空白
空白 観測を行っていない場合、観測を行っていないために合計値や平均値等が求められない場合に空白になります。通信障害等も空白になります。また、1960年以前等、データを掲載していない場合も空白にしています。 空白
# 値にかなり疑問があるため表示しておりません。 空白
* 1つの極値に対して期間内に起日が2日以上ある場合、最も新しい起日に*を付加して表示します。 *を外す

異常値の処理用のプログラムは簡単なので省略しますが、要望があれば公開したいと思います.

【Excel VBA】気象庁のデータをスクレイピング

8.3.流量データのダウンロード

河川流量のデータを集めたいと思います. ちまちま集めるのはめんどくさいので,プログラムを書いてまとめてダウンロードします. プログラムは下記のページで公開しているのでよかったらご利用ください.

【水文水質データベース】【使い方】流量データを自動で簡単にダウンロードしてみよう!【スクレイピング】

9.おわりに

最後までお付き合いいただきありがとうございました. 今回の記事では,流出解析を行う準備として流域界の決定と入力データの用意をしました.

今後は流出解析をどんどん進めていきたいと思いますが, シリーズの序盤は主に各流出モデルやその他の入力データ(面積雨量や流域実蒸発散量)の具体的な計算方法についての話がメインになります. 学生や若手の勉強を目的とした記事にしようと思うので,実際に千曲川のデータを使って流出解析をするのはかなり後になると思います.

記事の内容に関してお気づきの点やご質問等がありましたら,ご連絡いただけますと幸いです. リクエスト等も受け付けておりますので,ご遠慮なく連絡ください. Twitterアカウント:エビぐんかん@6LxAi9GCOmRigUI メール:nnCreatorCircle@gmail.com

【流出解析】シリーズ 一覧

【流出解析】シリーズ 第1回 流域界の決定と入力データの用意 【流出解析】シリーズ 第2回 貯留関数法【前編】 【流出解析】シリーズ 第3回 貯留関数法【後編】 【流出解析】シリーズ 第4回 流域実蒸発散量の推定―蒸発散比法― 【流出解析】シリーズ 第5回 実蒸発散量の推定―補完法― 【流出解析】シリーズ 第6回 タンクモデル 【流出解析】シリーズ 第7回 積雪・融雪モデル ―降雪量・融雪量の推定― 【流出解析】シリーズ 第8回 タンクモデルの最適化 【流出解析】シリーズ 第9回 単位図法 【流出解析】シリーズ 第10回 流出量・流出高・比流量の違い 【流出解析】シリーズ 第11回 表面流モデル【定常降雨:前編】 【流出解析】シリーズ 第12回 表面流モデル【定常降雨:後編】