材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー【後編】<h1>材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー【後編】</h1>
NN広場
農業農村工学のための総合サイト
NNテックブログ
農業農村工学向け解説記事
NN広場 農業農村工学のための総合サイト NNテックブログ 農業農村工学向け解説記事
材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー【後編】
土壌物理学
TDR、土壌水分、水ポテンシャル、測定、実験

1.はじめに

 今回は、材料費3万円でTDR土壌水分センサーとデータロガーの記事の後編になります。

 前編では、測定原理とプローブの作り方について説明しました。中編では、キャリブレーション方法やデータロガーの作り方を説明し、最後に実際に土壌水分を測定してみました。中編の最後で、制作したTDR土壌水分センサーとデータロガーの課題について説明しました。今回の記事ではそれらの課題を解決するとともに、中編で間違えていた比誘電率の計算方法についても説明したいと思います。後編(本記事)では、ロッド長の補正とさらなる低価格化をします。 総集編はこちら→材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー【総集編】

2.製作したシステムの課題と解決策

 中編で説明したTDR土壌水分センサーとデータロガーの課題とそれに対する解決策を以下に示します。ただし、解決策が高価な器具を導入することや大量の時間を要するものについては取り扱わないことにします。

  • 課題:比誘電率の計算方法が間違っていた。  比誘電率の計算方法が間違っていたため、システムの構成部品を少し修正するとともに、プログラムも修正します。ついでにデータロガー用のラズパイも最近高価になってきたので、Raspberry Pi 3B+から廉価版のRaspberry Pi Zero 2 Wに置き換えます。

  • 課題:電源投入後にラズパイをネットに接続しないと時計が狂った状態になり正しく測定できない。  ラズパイ用のRTC(Real Time Clock)モジュールを実装しようと思いましたが、今回は起動後にネットに接続する方法で解決したいと思います。信頼できるRTCモジュールがちょっと高め、かつ製作のハードルが上がることになるので、今回はこの解決策としました。

  • 課題:消費電力が大きく、屋外で独立電源のみで動作させることができない。  NanoVNAに使われているSTMマイコンを改造するとともに、NanoVNAにSDカードスロットを取り付けることで解決できますが、工数がかなり多くなるので、この記事では取り扱わないことにします。

  • 課題:NanoVNAからデータを正常に読み出せない場合がある  NanoVNA自体を改造すれば直せますが、かなり手間がかかります。今回は、正常なデータが読み出せるまで測定を繰り返すことにします。

  • 課題:NanoVNAがフリーズする場合がある  NanoVNA自体を改造すれば直せますが、かなり手間がかかります。今回は、データロガーにタイムアウト機能を実装して解決します。

  • 課題:防水・防塵処理をしていない。  システムの動作自体には影響しないので省略します。

3.システム構成の見直し

 Raspberry Pi 3B+から廉価版のRaspberry Pi Zero 2 Wに置き換えます。1.5m同軸ケーブルとプローブの間に同軸ケーブル(NanoVNAの付属品)を挿入します。これは土壌表面での反射タイミングを求めるために必要です。それとRaspberry Pi Zero 2 Wへの変更に伴いμUSBポート用のUSBハブも必要になります。 ブロック図_修正版.png ケーブル修正.png

4.プログラムの見直し

 諸泉ら\( ^{9)} \)に倣って、土壌表面での反射波の到達時刻を求めるときにはWinTDRの方法を、プローブ終端での反射波の到達時刻を求めるときは水平線法を使って、比誘電率を求めることにしました。 NanoVNAのキャリブレーション条件のうちSTOP周波数を1GHzに、測定点数を101に変更します。速度係数を100%にします(今思えば99%の方がよかった気もしています)。速度係数はNanoVNAの「DISPLAY」>>「TRANSFORM」>>「VELOCITY FACTOR」から変更できます。デフォルトでは70%に設定されています。  ついでにNanoVNAから正常にデータを読み出せるようにタイムアウト機能などを実装しました。

 修正したプログラムは下記にあります。データロガーの環境構築方法や測定方法は中編と同じです。ロッド長は94 mmに設定してあります。変更したいときは「~/SoilMoistureSensorTDR/config/config_data.py」の値を変更してください。

5.キャリブレーション

 測定方法は中編と同じです。カップに詰めた土を水を張った容器に静置して飽和させました。その後、乾燥させながら重量と比誘電率を測定することで、体積含水率と比誘電率の関係を調べました。 測定結果は下図の通りです。 ε-θ_未補正.jpg

 測定結果を見ると、Topp\( ^{6)} \)に比べて比誘電率が大きいです。これは接続用基板の寄生容量の影響だと考えられます。一般にTDRセンサーのプローブはロッドと同軸ケーブルを直接はんだ付けして接続します。この方法であれば寄生容量は小さくなりますが、ステンレスのはんだ付けが必要になったり、樹脂によるロッドの固定が必要になったりと、個人で製作する場合にやや難易度が高いです。今回作成したプローブはSMAコネクタや圧着端子、端子台などを使って製作難易度を下げた代わりに部品点数が増えたり、信号の通り道が複雑化して寄生容量が増えたと考えられます。  寄生容量の影響を除去するために、諸泉ら\( ^{9)} \)を参考にロッド長を補正します。諸泉ら\( ^{9)} \)は水と空気の反射波形を調べることでロッド長を補正していましたが、今回使用しているNanoVNAでは空気の反射波形をうまく測定できません。具体的には時間分解能が不足しているため、ロッド始端での反射位置とプローブ終端での反射位置を特定できません。そこで比較的安く購入でき、比誘電率が明らかにされているエタノールを空気の代わりに使用しました。エタノールは健栄製薬株式会社の無水エタノールIP(アルコール分として99.5vol%以上を含有)を使用しました。細かい話をすると純粋なエタノールではないですし、水も蒸留水でなく水道水ですが、手軽に入手できるものがこれしかなかったのでご容赦ください。エタノールは濃度100%で比誘電率が25.00\( ^{13)} \)になるそうです。空気の比誘電率1よりはかなり大きいのでNanoVNAでも十分に反射波形をとらえることができます。ロッド長の補正には下記の式を使います。

\[ \begin{align} K _{ethanol} &= \left( \dfrac{d_{ethanol} - \Delta d}{L \cdot v_{p} } \right) ^{2} \\ K _{water} &= \left( \dfrac{d_{water} - \Delta d}{L \cdot v_{p} } \right) ^{2} \end{align} \]
\[ \begin{align} ただし &\\ K _{ethanol}&:エタノールの比誘電率(-) \\ K _{water}&:水の比誘電率(-) \\ d_{ethanol}&:エタノールに対する見かけの長さ(m) \\ d_{water}&:水に対する見かけの長さ(m) \\ \Delta d&:誤差(m) \\ L&:ロッド長(m) \\ v_{p}&:真空中の電磁波伝搬速度と媒体中の電磁波伝搬速度の比(m) \end{align} \]

 上記の連立方程式から\( \Delta d \)を消して\( L \)を求めます。今回は手配した無水エタノールの濃度を99.5%としてエタノール換算で\( K_{ethanol} \)を25.17としました。\(K {water} \)は測定時の温度25.2℃から78.5と計算しました。\( v{p} \)は1としました。\( d_{ethanol} \)と\( d_{water} \)は土壌水分センサーを使って水とエタノールを実際に測定した波形から求めます。波形と見かけの長さは下図の通りとなりました。

ロッド長補正.jpg

 \( d_{ethanol} \)は約0.392 m、\( d_{water} \)は約0.827 mとなりました。以上より、修正したロッド長は約113 mmとなりました。結構大きな影響があったみたいですね。それではこの補正したロッド長で試料の比誘電率を再計算して、プロットし直しました。

62_ε-θ.jpg

 だいぶ改善しましたね。実用上は十分だと思います。それとRaspberry Pi Zero 2 Wを使ったことで結果的に材料費は2万円を切ることができました

 以上のことを踏まえると、前編で紹介した端子台を使ったプローブの作り方をする場合はロッド長は補正した方がいいと思います。もしくは宮崎、西村\( ^{2} \)で紹介されている方法で作るのがいいと思います。宮崎、西村\( ^{2)} \)の方法の方が寄生容量が少なく優れていると思いますが、センサー類の自作経験のない方には、製作の難易度を考えると端子台を使ったプローブをオススメします。

 Topp\( ^{6)} \)の比誘電率とは以前として若干の差がありますが、これはロッド長の補正方法の問題(エタノールの純度や水道水の使用)や体積含水率のの測定正確さの問題に依るところだと思います。家庭用のはかりとか容器を使っているので実験室に比べると正確さは劣ると思います。

6.おわりに

 最後までご覧頂き、ありがとうございました。今回紹介した低コストTDR土壌水分センサー+データロガーはいかがでしたか?そこそこ安く、そして十分な性能のものになっていると思います。

 ここで開発の裏話をしたいと思います。2024年の春ごろ、高周波電子回路の勉強をしていたときにNanoVNAのTDR機能を土壌水分センサーに使えることに気が付きました。ただ、NanoVNAのTDR機能を利用するアイデア自体は既にDavidら\( ^{3)} \)によって提案されており先を越されて悔しい想いをしました。今回の記事は科学的な新規性はありません。ただ、NanoVNAのデータをデータロガー用の外部のコンピュータから読み出すシステムを構築し無料で公開したことと、キャリブレーションが必要ではあるがプローブの簡易製作法を提案したことで、微々たるものですが土壌物理学のすそ野を広げることに貢献できたのではないかと思います。

 紹介したシステムを屋外で利用するためには防水・防塵処理や低消費電力化、低コスト化などまだまだ解決すべき課題はありますが、このシリーズの執筆はここらで一旦締めたいと思います。本音を言うと残された課題がいずれもお金と時間が多くかかる割に面白みがやや少ない作業だからです笑。防水・防塵処理は、試作も含めるとケースや接着剤がたくさん必要ですし、低消費電力化はソフトウェア部がかなり大規模になるので一人で作るのは結構大変です。お金と時間が確保できて、かつ続きを見たいという声が多ければ、別の記事で屋外用にシステムを仕上げたいと思います。

 もし屋外で使いたいという方は、以下の作業をしてもらえれば屋外で利用可能になります。

  • プローブ全体を塩ビやポリカーボネートなどのケースで覆って隙間を対候性のある接着剤で埋める。
  • NanoVNAとラズパイの消費電力を賄えるソーラーパネルと3日分くらいの電力を供給できるバッテリーを買う。
  • ウォールボックスとウォールボックス取付用の単管パイプを買ってNanoVNA、ラズパイ、バッテリー、ソーラーパネルそれぞれの格納ないしは取付をする。

 屋外で利用するにしては消費電力が大きめなので、ソーラーパネルやバッテリーの容量は大きくなるとは思いますが、運用自体は問題なくできます。

以上で、『材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー』シリーズは終了です。 前編では、測定原理、システム構成、材料、工具、プローブの作り方について説明しました。 中編では、キャリブレーション、ロガーの環境構築について説明し、最後に制作したシステムで土壌水分を測定した結果を示しました。後編(本記事)では、ロッド長の補正とさらなる低価格化をしました。

総集編はこちら→材料費2万円で作るTDR土壌水分センサーとデータロガー【総集編】

 記事の内容に関してお気づきの点やご質問等がありましたら,ご連絡いただけますと幸いです. リクエスト等も受け付けておりますので,ご遠慮なく連絡ください. Twitterアカウント:エビぐんかん@6LxAi9GCOmRigUI メール:nnCreatorCircle@gmail.com

引用・参考文献

1) 宮崎毅、長谷川周一、粕渕辰昭:土壌物理学、朝倉書店、2005、pp.103-105 2) 宮崎毅、西村拓:土壌物理実験法、東京大学出版会、2011、pp.177-182 3) David Moret-Fern?ndez、Francisco Lera、Borja Latorre 、Jaume Tormo、Jes?s Revilla、2022.Testing of a commercial vector network analyzer as low-cost TDR device to measure soil moisture and electrical conductivity.Catena.218、106540. 4) KEYSIGHT TECHNOLOGIES:ベクトル・ネットワーク・アナライザとオシロスコープによるTDR測定の相関の検証と性能の比較 5) 眞鍋秀一、2014.ネットワーク・アナライザを用いたTDR測定の優位性について.MWE2014.WSI12-04. 6) G.C.Topp、1980.Electromaginetic Determination of Soil Water Content:Measurements in Coaxial Transmission Lines.WATER RESOURCES RESERCH.16-3、574-582. 7) 堀野治彦、丸山利輔、1993.3線式プローブによる土壌水分のTDR測定.農土論集.168、119-120. 8) 堀野治彦、丸山利輔、1992.TDRによる土壌の体積含水率および電気伝導度の測定について.土壌の物理性.65、55-61. 9) 諸泉利嗣、楠山倫世、三浦健志、2009.TDR法を用いた土壌中の水分と電気伝導度の同時測定に関する予備的検討.環境制御.31、32-37. 10) トランジスタ技術編集部:RFワールドNo.54 通販ガジェッツで広がるRF測定の世界、CQ出版株式会社、2023、pp.52-59 11) トランジスタ技術編集部:RFワールドNo.13 はじめての無線機測定、CQ出版株式会社、2013、pp.127-132 12) 石村園子:やさしく学べるラプラス変換・フーリエ解析増補版、共立出版株式会社、2010、p.36 13) 明治大学 理工学部 電気電子生命学科 有機分子?バイオ機能材料研究室:Properties of Water(https://www.isc.meiji.ac.jp/~nkato/Useful_Info.files/water.html)、2024/10/12最終アクセス.